景気の変動の波

景気(けいき)が変動(へんどう)すると言う(という)事象(じしょう)は、まるで本当(ほんとう)に波(なみ)のようだと実感(じっかん)します。バブル前(まえ)とバブルその後(そのご)、そして今(いま)と、奇しくも(くしくも)仕事(しごと)をしてきて、その波(なみ)に乗っ(のっ)ている最中(さいちゅう)は無論(むろん)分から(わから)ないものですが、少し(すこし)経っ(たっ)てみると、その変動(へんどう)の様(さま)が明らか(あきらか)なことにやっと気付く(きづく)と言っ(といっ)た感じ(かんじ)です。景気(けいき)は循環的(じゅんかんてき)に変動(へんどう)が見(み)られると言わ(といわ)れ、局面(きょくめん)の見方(みかた)などは色々(いろいろ)あるようですが、仕事(しごと)をしている者(もの)とすると自分(じぶん)を含め(ふくめ)た人々(ひとびと)の購買(こうばい)意欲(いよく)に顕著(けんちょ)に見(み)られる波(なみ)が、そのまま景気(けいき)の変動(へんどう)の一端(いったん)ではあるなと感じ(かんじ)られます。景気(けいき)が悪い(わるい)と言わ(といわ)れる前(まえ)に、購買(こうばい)意欲(いよく)が無意識的(むいしきてき)にも控え(ひかえ)られたり、また、景気(けいき)が良い(よい)と言わ(といわ)れる前(まえ)に、購買(こうばい)意欲(いよく)があがったりするのは、もしかしたら端的(たんてき)な女性(じょせい)心理(しんり)の現れ(あらわれ)なのかもしれませんが。バブルの時期(じき)などは、誰しも(だれしも)がまるで狂っ(くるっ)たように消費(しょうひ)し、そして一度(いちど)バブルが弾ける(ひける)と、必要(ひつよう)と思わ(おもわ)れる者(もの)まで買い控える(かいびかえる)感じ(かんじ)でした。現在(げんざい)、やっと人々(ひとびと)の購買(こうばい)意欲(いよく)も上がっ(あがっ)てきてはいるようですが、バブルの弾け(ひけ)た時(とき)の後遺症(こういしょう)でもあるかのように、思う(おもう)ようにはいかず伸び悩ん(のびなやん)でいる面(めん)もあるように思い(おもい)ます。景気(けいき)の変動(へんどう)はこんな些細(ささい)な人(ひと)の気持ち(きもち)の一端(いったん)から、波(なみ)のうねりになるような気も(きも)します。やずや

景気

景気が変動すると言う事象は、まるで本当に波のようだと実感します。

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